ソウル・南漢山城・扶余
Posted on 2018.11.07 Wed 11:41:00 edit
このブログは慶州で書いています。
実は信じられないほどの晴天続き。
火曜日にソウルについて六日間快晴!!
ブログ書いてる暇が無かったんです。
その間ひたすら市内と郊外を撮りまくって・・
いたとお思いでしょうが好事魔多し。
前のブログに書いたとおり豆をつぶして
歩くと激痛が!!
本来郊外や山歩きを考えていたのですが
その予定は最低限になってしまいました。
そんなわけで街中がメイン。
鐘路周辺、ソウルの中心です。
大統領官邸、そう彼のお住まい。
光化門、景福宮の正門です。
新村、若者の街。
日曜日、足の痛みもそこそこになったので
最低限の郊外へ。
世界遺産の南漢山城。
ここ勘違いしてたんですよ。
ソウル郊外の山城なんですが
写真では上のような石垣と門しかでてきません。
だからソウルを守るミニ万里の長城
だと思ってたんです。
違うんですね、いわゆる詰めの城。
ソウルが危ない時の避難所になっていて
実際清との戦いでは王族が逃げ込んだそうです。
これが行宮。
再建ですが古い写真が飾ってありました。
朝鮮戦争で焼けた?詳しいことはわかりません。
ここは基本的に韓国人の行楽地。
あまり日本語の説明は無かったんです。
帰ってゆっくり調べよう。
日曜日だったので帰りは大変。
バスが大行列!!道も大渋滞!!
まあ仕方ないですね、おかげで農楽撮れたし。
イベントが撮れるのは休日の特権ですね。
さて長くなるけどもう一カ所。
月曜日は百済最後の都、扶余へ。
歴史で習ったの覚えてますよね?
扶余が陥落後、再建目指した百済の残党が
日本に助けを求め唐・新羅連合軍と白村江で戦いました。
結果、日本百済連合軍が惨敗。
日本は朝鮮半島における足場を全て失いました。
定林寺跡、この石塔の一段目に
唐の将軍が戦勝記念に記録を刻み込んでいます。
扶蘇山、城のあったところ。
紅葉が綺麗でした!!
落花岩から白馬江。
落城時にこの岩から官女が身を投げたとか。
その様子が花が落ちるようだとこの名が付いたそうです。
そしてこの川の下流が白村江と言われています(諸説有り)
本当は扶余に滞在してゆっくり見たかったんですよね。
まあ今回は仕方ない日帰りです。
ソウルから約二時間、街もそれほど大きくないので
早朝に出ればゆっくり日帰りできます。
喧騒のソウルを離れてのんびりするのも良いのでは?
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