河口信雄の取材日記

遠い国からご近所まで、旅と写真とB級グルメ。

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ソウル・北漢山城・扶余 

このブログは慶州で書いています。
実は信じられないほどの晴天続き。
火曜日にソウルについて六日間快晴!!
ブログ書いてる暇が無かったんです。

その間ひたすら市内と郊外を撮りまくって・・
いたとお思いでしょうが好事魔多し。
前のブログに書いたとおり豆をつぶして
歩くと激痛が!!
本来郊外や山歩きを考えていたのですが
その予定は最低限になってしまいました。

そんなわけで街中がメイン。
鐘路周辺、ソウルの中心です。

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大統領官邸、そう彼のお住まい。

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光化門、景福宮の正門です。

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新村、若者の街。

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日曜日、足の痛みもそこそこになったので
最低限の郊外へ。
世界遺産の北漢山城。

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ここ勘違いしてたんですよ。
ソウル郊外の山城なんですが
写真では上のような石垣と門しかでてきません。
だからソウルを守るミニ万里の長城
だと思ってたんです。

違うんですね、いわゆる詰めの城。
ソウルが危ない時の避難所になっていて
実際清との戦いでは王族が逃げ込んだそうです。

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これが行宮。
再建ですが古い写真が飾ってありました。
朝鮮戦争で焼けた?詳しいことはわかりません。
ここは基本的に韓国人の行楽地。
あまり日本語の説明は無かったんです。
帰ってゆっくり調べよう。

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日曜日だったので帰りは大変。
バスが大行列!!道も大渋滞!!
まあ仕方ないですね、おかげで農楽撮れたし。
イベントが撮れるのは休日の特権ですね。

さて長くなるけどもう一カ所。
月曜日は百済最後の都、扶余へ。
歴史で習ったの覚えてますよね?

扶余が陥落後、再建目指した百済の残党が
日本に助けを求め唐・新羅連合軍と白村江で戦いました。
結果、日本百済連合軍が惨敗。
日本は朝鮮半島における足場を全て失いました。

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定林寺跡、この石塔の一段目に
唐の将軍が戦勝記念に記録を刻み込んでいます。

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扶蘇山上、城のあったところ。
紅葉が綺麗でした!!

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落花岩から白馬江。
落城時にこの岩から官女が身を投げたとか。
その様子が花が落ちるようだとこの名が付いたそうです。
そしてこの川の下流が白村江と言われています(諸説有り)

本当は扶余に滞在してゆっくり見たかったんですよね。
まあ今回は仕方ない日帰りです。
ソウルから約二時間、街もそれほど大きくないので
早朝に出ればゆっくり日帰りできます。
喧騒のソウルを離れてのんびりするのも良いのでは?




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