河口信雄の取材日記

遠い国からご近所まで、旅と写真とB級グルメ。

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九度山・高野山町石道・河内長野高野街道 

昨日は今回の最終目的地、和歌山県九度山町を撮っていました。
ピンと来た人は歴史マニア。

先日、再来年の大河ドラマが「真田丸」に決まり
この春、松代や上田を撮りに行った私はラッキーと書いたと思います。
ついでだから九度山でも撮ってみよう。
今回の取材はこんな感じで場所を決めました。

ちなみに私は取材場所、よくこんな決め方をします。
まず一カ所、特にメインな場所でなくても良いので興味有る場所で決めちゃいます。
そして、その周りを撮っていくという感じです。

今回は至極まっとうな方。
あの店のラーメンが食べたいなんていう、とんでもない理由も・・・
まあ、特に指定がない場合はなにと撮っても良い仕事ですしね。
いいかげんなやつ、と思わないでください(^_^;

さて、九度山に何があるの?
関ヶ原の戦い、真田父子は西軍に属し上田城で徳川秀忠軍を
足止めするという大きな役割を果たしました。
もし、西軍が勝っていたら実質戦功第一といっても良いかもしれません。

戦後、処刑される予定でしたが東軍に属した長男、真田信之の嘆願で
ここ、紀州九度山に幽閉されることとなったわけです。

その後、大坂の陣の折りには脱出し大阪城にこもります。
このあたりの事情は歴史小説やドラマなどで虚実織り交ぜ
様々に描写されているので知ってる方も多いのでは?

前置きが長くなりました。
関ヶ原あと大坂の陣まで真田父子が住んだのがここ九度山。
当時の建物は残っていませんが跡地が善名称院という寺になっています、通称「真田庵」

_MG_3636.jpg

下の写真、右側は真田昌幸墓所。
父、昌幸はここで亡くなっています。

_MG_3644_20140530140245d82.jpg

根強い人気の真田幸村、平日にもかかわらず
沢山の人がお参りに来ていました。
大河ドラマのお陰もあるのかな?

九度山は高野山の入口でもあります。
麓の慈尊院から高野山まで町石道と言われる参詣道が続いています。
はじめ石畳の道なのかと思いました。
ちがいました。

_MG_3950.jpg

この町石というのは一町(109m)ごとに設置された道しるべのことを言います。
写真右側に立っている五輪塔形式の石柱がそれで、鎌倉時代にたてられた物。
道に沿って慈尊院から高野山まで町石が立っているので「町石道」と呼ばれます。

高野山の参詣道として世界遺産にも登録されています。

少し歩いてみました。
途中の二つ鳥居。

_MG_3880.jpg

基は空海が建てたと伝えられていて、現存の物も江戸時代のものです。

道からは少し外れますが丹生都比売神社、世界遺産です。

_MG_4007.jpg

全国に約180社有る丹生神社の総本社。
恥ずかしながらそんな由緒がある神社とは知らずにパスするところでした(^_^;

夕方は河内長野(大阪府)に出て、高野街道を撮影。

_MG_4124.jpg

これ、場所がわからなくて探し回りました。
近くに行けば看板や案内所が有るだろとたかをくくっていたのですが・・
駅に案内板があったようですが車止められないし有っても高い(笑)
場所探すだけでそんなところ止められない。
結局、駅のすぐそば、探してたのと反対側でした(汗)

いや・・山歩きから街歩き、夕景まで
この日は疲れました。
このブログも昨日アップしようと思いましたが
もう眠くて・・やっぱり体力落ちてるな。

とりあえずこれで折り返し、再度東に向かいます。
ちょっと用事があるのでもう帰るかもしれません。
まあ、天気次第・・ちなみに今は撮影する気の起きない
超ガスっ晴れです。
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